次元交差:人間以上、人間未満

間借り状態のままに地上世界を生きる、はみ出し人間の霊的旅路や思い

玉砂利を踏み進み来る下駄の音

社会人になってからの出来事だったように思います。
それは、ある夏の夜、遅い時間に突然に始まりました。私が独り、部屋で過ごしていると、遠くから人が歩いて来る音が聞こえてきました。舗装された我が家の前の道を下駄を履いて。
田舎町とはいえ、お祭りでもないのに下駄履きというのは珍しいと思いました。それでもあまり気にせず居たのですが、それは私の我が家の近くまで来て止まりました。

すると、我が家の敷地内に入ったのか、なんだか…こちらに向かって来るようで、ゆっくりした足音が大きくなります。来客でしょうか。でもおかしいのは、玉砂利を踏みしめて歩いているような音なのです。ザクッザクッザクッと。我が家には砂利を敷いた場所はありません。小さな庭はありますが、小石が転がっている程度です。

私が居た部屋には窓が2か所ありました。南側と西側です。南側の窓は庭を挟んで道路に面しているため、さすがに夜になると雨戸を閉めていました。
西側の窓は南側よりいくぶん小さく、玄関へ向かう通路と植え込み、そして隣家のブロック塀に面しています。雨戸が無いため、夜はカーテンを引いて目隠しをしていました。なので中からも外を伺い見ることは出来ません。

足音は西側の窓の下まで来て急に止まったかと思うと、次の瞬間、窓の下で『ゴトゴト、ゴトッ、ゴト』っと低い…木製の何かを動かしているかぶつけるかしている音がしたのです。そこはちょっとした出窓になっていて、下には園芸用の植木鉢や端材が置かれていました。
私は急に怖くなりました。ゾクゾクッと寒気がし、心臓がドキドキしました。カーテンを開けて外を見る勇気はありませんでした。冷や汗をかきながら凍り付いていると、音が止みシーンと何事もなかったように静まりかえりました。玄関には訪問者も無く、人の気配もありませんでした。
何だったかはわからないまま、その日はなんとなく床に就きました。気のせいだったかもしれない、と。
ちなみに翌日、窓の外を確認しましたが、変わったことはありませんでした。

ところが、その日の夜も同じ現象が起こりました。私は時計を見ました。時刻は23時半頃でした。
出来事は同じように推移して終わりました。私は…恐怖でした。それでもまだ疑問だけで親に話すとか…しませんでした。

さて、その翌日。夜11時半が近づくにつれ、私の心臓は早鐘のように打ち始めました。怖い…。
そして…時刻到来。始まりました。遠くから下駄の音…。私はもう限界でした。台所で洗い物等の片付けをしている母を呼びに走りました。母と共に部屋の入り口を入ったところで耳を澄ましました。玉砂利を踏みしめて歩く音が聞こえてきました。私は小声で母に「ね、聞こえるでしょ。ザクッザクッって」。音と同じリズムで擬音を口ずさんだのですが、母は「?、何も聞こえないけど…?」と。音は…私にしか聞こえていないようでした。それでも母に話したことで少し安心したのでした。

更にその翌日。私はやはり夜になると怖くて、それで母に一緒に居てもらいました。母は近所にある洋品店の仕立てを手伝っているので、その夜は窓際でミシンをかけるなどの作業をしていました。網戸にしてカーテンは開いたまま。外は真っ暗。静かな夜です。私は録音をすべく、窓際にラジカセを準備しました。23時過ぎから録音開始です。
お決まりの時刻が到来しました。私はドキドキしていましたが、その日は何事もなく=不可解な音は全く無く、時間が過ぎて行きました。録音にも母の作業の音しか記録されていませんでした。

そして、そのまた翌日。2日連続で不可解な現象が起きなかったにもかかわらず、私はまだ怖かったのでした。
なので、夜11時が過ぎた頃にラジカセを用意し、真夜中までヘッドフォンで好きな音楽を聴きまくりました。音量を上げて。早く時間が過ぎないかと気にしながら。そして日付が変わると安心して眠りに就きました。

次の日の夜も同じように音楽を聴き、その次の日の夜は恐る恐る音楽無しで過ごしてみました。何も…起きませんでした。
この日を境に、恐怖の日々は終わったのでした。