次元交差:人間以上、人間未満

間借り状態のままに地上世界を生きる、はみ出し人間の霊的旅路や思い

観察者が先か毒親が先か

…って、なんだか「鶏が先か卵が先か」みたいな感じですが、まぁそんなような話になるのかなぁ、と思っています。
直前の「曼荼羅スピリチュアル」さんに関する記事で、観察者の人生は大変になることを書きました。勿論、スターシードやライトワーカーも同じように大変だと思います。

それで、先の、どちらが先か?みたいなことですけど…。
観察者は往々にして社会的に不利な立場になってしまうのですが、それは家庭環境に原因があるのかな?とも思ってもみたり…。
普通の(何を基準に普通というのか?という疑問もありますが)家庭ではない場合、子供はのびのびと育つことが出来ませんよね。多大な抑圧の中で自分を〇して我慢を続けたりするわけで、それで観察者のようになって行くのかもしれません。
一方、観察者であるが故に、どこか遠い目&冷めた目を持っているために、家庭的なことに馴染めない…入り込めなかったりするのでしょうか。ある意味『浮世離れ』し過ぎた感性や感覚・考え方を持っているために家族との衝突が大きくなってしまうというのもあると思ううのです。

どちらか片方という人がいらしたら、お話を聞いてみたいと思います。
というのは、私は両方だし、しかも幼少からそうですから、本当のところがどうなのか、わからないのです。どちらが先だったのか、それともそういうのは関係無いのか。

前記事で私は観察者だと書きました。それは間違いありません。学校や社会だけでなく家庭でも。
そして私の家庭環境・生育環境としては、家が貧乏だったことは置いといて、毒親と毒きょうだいでした。ついでに親戚も『毒~』です。まぁ巷で聞くほどの強度の毒親とかでは無いとは思いますが、それでもけっこう大変でした。きょうだいも2人いて、私は真ん中ですが、上からも下からも理不尽な目に遭わされてきました。(今更、どうでもいいですけど)
ちなみに現在、両親は既に他界し親戚もきょうだいも疎遠になって…というか、しています。父親が早くから病気で働けなくなり、母親も病気になりました。両親を公的支援がほぼ無い状態で独りで介護、見送りました。きょうだいは、…私のほうから離れました。ご近所のしがらみも捨て、きょうだいの居住地からも遠い地方へ移住、そして親戚からも逃げました。

そんなことも含めて、私はアダルトチャイルドとかヤングケアラーとか…そういう部類にも該当していると思います。もう『お婆さん』の年齢ですけど、調べてみるに…そのようです。…というか、そうだった。。。(これも今更どうでもいいですけど)

若い頃私は『どうして私ばかり…』とか『私は前世でよほどの悪いことをしてきたのかな…』とか、怒りを抱いたり自己憐憫に陥ったりしました。
でも、霊的な変容や数えきれないほどの霊的&不思議な体験を重ねる中で気づきを得ることになりました。『すべての出来事に意味があったんだ』と思えたのです。本当に芋づる式に、また、パズルのピースが埋まるように、『だからなんだ』『そういうことだったんだ』と理解でき、現在はもう何の疑問もわだかまりもありません。マイナス感情は昇華されて概念だけになり、事象を思い出しても動じることはありません。すっきりしています。